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侘びぬれば 今はた同じ 難波なる

身をつくしても 逢はむとぞ思ふ

 作者:元良親王(もとよししんのう)

 

 意味

会うことができず、苦しい思いをしているので、今はもうどうなっても同じです。難波にある澪標(みおつくし)のように、身を尽くしてもあなたにお会いしたいです。

※ 侘びぬれば

悩み苦しんでいるので

※ 今はた同じ

今となってはもう同じ

※ 身をつくしても

「澪標(みおつくし)」は、船の道しるべとなる杭のこと。「身をつくす」の掛詞

 

 オススメの覚え方

わびぬ・・・ということなら、身をつくしてもらおうか・・・怖いよ(´・ω・`)

 

 ゴロあわせ

わび  みをつくしても
わびぬみをもつ(詫びぬ身を持つ)
みをつくしてわびる(身を尽くして詫びる)

 決まり字

わび

 解説

百人一首には、「難波」が出てくる歌が三首あります。

この歌は、宇多天皇(うだてんのう)の后、京極御息所(きょうごくのみやすんどころ)との不倫が世間に知られてしまったときの嘆きを詠んだ歌です。

「今はた同じ」今はどうなっても同じこと。「逢はむとぞ思ふ」どうなってもいいから、とにかく会いたい…という強い気持ちが伝わてきます。

自分の身はどうなってもいい、とにかく会いたい..ちょっと言われてみたい気もしますが、不倫は…

しかも、相手は天皇の妻。

もしも、お互い同じ気持ちで、「お願い、会いに来て(>_<)」なんて言われて、宇多天皇に見つかったら怖いし、御息所は、そんなに燃え上がってなくて、「あたし~旦那いるしぃ~。しつこいの困るんだよね~」とか言われたとしたらそれはそれで逆に怖いし・・・

なんとな~く事件の臭いがするのは私だけ…(ーー;)?

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