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田子の浦に うち出でて見れば 白妙の

富士の高嶺に 雪は降りつつ

作者:山部赤人(やまべのあかひと)

解説

この歌は「新古今和歌集」に掲載されていますが、もともとの歌が「万葉集」にあります。

田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける

「田子の浦ゆ」は「田子の浦を通って」となり、「降りける」は「降っていた」となります。

ですので、

田子の浦を通って遠くを見ると、富士山の山頂に雪が降っていたんだなあ・・・

というように、直接見た風景を詠っているような意味になります。

百人一首に掲載されている歌は

田子の浦に出て遠くを見ると、真っ白い富士山の高嶺に雪が降り続いている

となります。

いくら田子の浦から富士山がきれいに大きく見えたとしても、雪が降っているところまでは当然見ることはできませんね。

では、なぜ直接見た風景の歌を、イメージの歌に変えてしまったのでしょうか?

見えない景色を、今見ているように表現し、想像を書くことでより幻想的な歌に聞こえるからです。

 

文法と意味の解説

 

※ うち出でてみれば

「うち」は調子を整えるための接頭語です。

「みれば」の「ば」は已然形について、順接確定条件を表し「~と」の意味になります。

なので、「みれ」は、「見る」の已然形になっています。

※ 白妙・・・真っ白なという意味ですが、富士や雪にかかる枕詞とも言われています

※ 降りつつ・・・今現在も降り続いている様子を表しています。

つつは、反復や継続などを表す接続助詞で、余情、詠嘆を表すつつ止めになっているので、「~し続けることよ」「~し続けているなあ」に

なり、「降り続いているなあ」という意味になります。

「つつ止め」は新古今和歌集の頃に好んで使われていて、優雅な感動を表しています。

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